早めに作成しておくべき「生前契約書」

投稿日:2023.06.08

認知症と診断されると、財産管理や相続においていくつかの制限が課され、自分の財産が自由に動かせなくなることがあります。また、認知力の低下が進むと適切な判断ができなくなり、大切な財産が適切に守られない、または財産を残す家族や親類の争いの種になってしまうというケースも少なくありません。そのため、早くから備えておくべきなのが「生前契約書」です。

もくじ
「生前契約書」作成のススメ
預貯金の出し入れも任せられる「財産管理委任契約書・代理権目録」
いざという時の後見人を指名できる「成年後見制度」
信頼できる家族に財産を託す「家族信託」
死後発生する事務作業を委託する「死後事務委任契約書」

「生前契約書」作成のススメ

認知機能が低下すると、財産管理が適正にできないと判断され、銀行口座が凍結されてしまったり、相続に関する書類を作っても無効とされてしまうなど、さまざまな弊害が生じます。そこで、対策しておいた方がよいのが、法的な効力がある「生前契約書」の作成です。

認知症になってしまった場合に、財産をどのように管理すればよいか。さまざまな意思決定を誰に託したいか。また、亡くなった後に生じる事務手続きなどはどうするかなど、健康なうちに契約書類によって決定しておくと安心です。

ここでは、事前に作成しておきたい4つの書類について説明します。

預貯金の出し入れも任せられる「財産管理委任契約書・代理権目録」

まずは「財産管理委任契約書」と「代理権目録」です。ほかの3種の書類に比べ法的効力が乏しく、金融機関によっては対応してもらえない場合もあります。

ですが、私文書による契約でよいので煩雑な手続きがなく、委任内容を比較的自由に決定できるという利点があります。また、「入院することになったときから適用」「退院と同時に委任を解く」など効力を発揮する期間も自由に設定できます。

かつては家族が代われた預貯金の引き出しや入院費用の支払いなどが、現在は本人しか受け付けられないようになりました。そのため寝たきり状態になると、それらの作業が行えなくなってしまいます。

そこで役立つのが財産管理委任契約書で、金融機関や行政機関における手続きや支払い、病院の支払い手続きなどを委任した人に代わってもらうことができます。

最も信頼できる血縁者に委任するのが一般的ですが、血縁者にはお願いしない方がいいと判断する場合には、有料になってしまいますが、弁護士や司法書士を頼る方法もあります。

また、財産管理委任契約書と合わせて「代理権目録」も作成しましょう。この目録には、代理権を与える範囲や行使できる内容を明記します。取引を代わってもらう金融機関や証券会社、保険会社、病院、介護施設などの名称を記載しておくと、スムーズに委任できるでしょう。

ただし、この契約書は、身体の自由が効かないときに、財産管理に関するさまざまな手続きを代わってもらうなどの意味合いが強く、認知機能の低下により、委任者の意思能力が低下した場合には効力を失ってしまいます。そのため、後述する「任意後見契約書」との併用をおすすめします。

いざという時の後見人を指名できる「成年後見制度」

「任意後見契約書」は、2000年に導入された「成年後見制度」に基づく契約書です。

成年後見制度は、認知症などで意思能力が低下してしまった人を法律的に支援するためのシステムで、委任した後見人に財産管理や入院・介護に関する手続きを任せることができます。家族にもできない、名義人の認知症を理由とした凍結口座の解除には、この制度の利用が必要となります。

成年後見制度には「任意後見」と「法定後見」の2種類があります。法定後見は、本人の判断能力が低下してきたときに、本人、または親族が家庭裁判所に申し立てを行います。そこから1~2カ月の審理を経て、本人の身上監護,財産管理を適正に行ってくれる人を家庭裁判所が選びます。親族が選ばれることもあれば,弁護士,司法書士,社会福祉士などの専門家が選ばれる場合もあり,申立人の希望より家庭裁判所の判断が優先されます。

法定後見人は、被後見人の認知能力により3つの類型に分かれます。最も症状が重い場合は「後見」、軽い場合は「補助」、その中間が「保佐」です。類型により少しずつ権限は異なりますが、ほとんど全ての代理権、同意権が与えられ、被後見人が乏しい判断能力で誤った契約をしてしまった場合に、それを取り消す権利も持っています。ただし、原則として「被後見人のためになること」に限られるため、例えば財産を減らしてしまう贈与や相続税対策などの行為はできません。

任意後見人の場合は、被後見人の認知機能がしっかりしているうちに、本人が希望する人物と任意後見契約書を交わすことで決定することができます。また、任意後見人にどのような権限を与えるかも、被後見人が指定できます。そのため、贈与や相続に関する判断も、契約書に権限を与えると明記されていれば行うことができます。

ただし、逆に言えば契約書にある代理権以外は持てません。契約時には必要なかったものの、後に必要になった代理権があったとしても、それを後から追加することはできません。

法定後見人は法律により権限が与えられ、任意後見人は被後見人との契約により権限が与えられます。そのため、任意後見人には一度締結した契約を解除する取消権などはありません。

信頼できる家族に財産を託す「家族信託」

近年注目されているのが、信頼のおける家族の誰かに財産管理を託せる「家族信託」です。

認知機能がしっかりしているうちに、信頼できる人に財産管理を任せられるというのは成年後見制度に近いですが、成年後見制度では「本人のためになる」ということにのみ財産運用が認められていたのに対し、家族信託では、家族との旅行代金に充てたり、土地や建物を売却するなど受託者が自由に運用できます。

また、家族信託の契約を結んでおくと、本人が亡くなっても口座が凍結されず、スムーズに資産を相続できます。

さらに、成年後見制度の場合は、弁護士や司法書士などの第三者が後見人に選ばれることが多く、被後見人が亡くなるまで毎月数万円の報酬が発生しますが、家族信託であれば原則無報酬です。

ただし、家族信託で与えられるのは、財産の管理と処分のみで、生活や健康、療養などに関わる「身上監護権」は認められません。そのため、入院や介護施設への入所手続きなどを代行することはできないというデメリットがあります。

死後発生する事務作業を委託する「死後事務委任契約書」

自分が亡くなった後のため、遺産相続などについては生前にしっかり考えていても、亡くなった直後に生じるさまざまな事務手続きについてまで考え、手配できている人はどれくらいいるでしょうか。

人が亡くなれば、葬儀が執り行われ、火葬、納骨もしなくてはなりません。関係者への連絡などの作業も必要で、それぞれに費用がかかってきます。これらを誰が取り仕切るのか。配偶者や子がスムーズにその役割を担えばよいですが、親族間の関係が微妙な場合、縁ある人たちとの最後の別れの場で、トラブルが発生してしまう可能性もあります。

また、故人の預貯金を葬儀費用に充てようと思ったら、口座が凍結されて引き出せないということになると、残された人たちが費用を負担することになってしまいます。

「死後事務委任契約書」は、死後に必要となるさまざまな事務処理を第三者に委託する契約書です。公正証書としてこの契約書を結んでおけば、生前に自分で死後の段取りが付けられ、大切な人たちを困らせることがありません。

例えば、さまざまな手続きにかかる費用は、契約書に記載のうえ「預託金」として預けておくことができますし、自分の葬儀のスタイルやお墓、供養の方式、さらには臓器提供の意思表示などにいたるまで、死後にどうしてほしいかの要望も託すことができます。

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