下の書き込みから、八か月が過ぎ。

みんなの体験談(介護)

2026年03月05日

yukikaze09 さん

家族

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7月に書き込みをしてから、八か月過ぎました。
母の認知機能は、ゆるやかですが、確実に低下しています。
五分前の事は、ほぼ忘れるようになりました。
ただ、人の顔を覚える事は、得意なようで、一緒にテレビを見ていると、この人朝ドラに出ている人だよね、プレバトに出ている人だよね、と確認されます。
聴力は、身体障碍者手帳を交付された事もあり、音で理解する事は難しくなってしまいましたが、見る力は衰えていないので、文字に書いて見せると、わかってくれます。
毎朝新聞を読んでいる事もあるのかもしれません。
レビー小体型認知症の特徴なのか、お薬カレンダーの薬をとることは出来なくなりました。
わかるように、大きめのクリップをとる場所につけたりもしたのですが、わからないようです。
通帳などの見方も、わからくなってきたのと、食器やコップを倒すことも増えてきました。
電子レンジやコンロ、テレビの使い方も、あやしくなってきました。
包丁の扱いも、いつ手を切ってもおかしくないくらい、危なくなってきました。
今日は、朝ご飯を食べたか、確認されました。
私の事は娘だと認識していて、お風呂とトイレは、自分でできています。
リハビリパンツも自分で管理していますが、同じ服を着るようになってきました。
とはいえ、もうすぐ91歳になるので、出来ている方なのかな、と。
徘徊や自分でしまったものが見つからなくても、私が隠したと言わない(一回だけ私が隠したと言われ、言い争いましたが)、デイサービス・ショーステイに嫌がらずに行ってくれるので、ここはkeepしたいとおもっています。
最近おもうのは、自分に余裕がないと、それが母にも影響するのかな、と。
パソコンを使っていて、上手く動作しないのをなんとかしようとしている時等に限って、母が何かをやらかす確率が高かったので、なるべく母のいない時に、パソコンの設定等、カリカリしそうなことはしないようにしました。
あと、洗濯物の外干しをやめました。
母は外干しして、日に当てたいようでしたが、それが自分にはストレスで。
洗剤も洗濯機にほおりこむ、外干し用のジェルボールにして、部屋干しに。
他の家事も、クイックルワイパーでさっと済まるなどして、ストレスを減らしました。
効果があったのか、母のやらかしも減り、やらかしても、カリカリすることは、減りました。
あとは、戦前の生まれなので、食べられない事が不安なのか、毎晩、お米を研ぐのか確認され、イライラしていたのですが、先に今日は研いで、今日は研がないよ、と言う事にしました。
今日は研ぎます、今日は研ぎません、と書いた紙を目につくところに置き事にしました。
コップもこぼすものだと、こぼしそうな気配がしたら、どかす等、先に手を打つことにしました。
なんでこんなところにこれがあるんだとおもったら、気が付かれないように、元の場所に戻すようにしました。
洗濯機にはさみが入っている事などあり、これからもっとあるんだろうな、と。
個人的には、なんでそうなったのか、知りたいところではありますが。
部屋のいたるところに、何々をしない、といった張り紙も増えてきました。
今は母の為の張り紙ですが、将来自分の為になるかもしれないので、貼っておくといいかもとおもったら、貼っておこうとおもいます。
工夫をするのは、嫌いではないので、いろいろやってみようとおもいます。
出来れば母が鬼籍に入るまで、自宅で介護をしたいので、無理なく、楽しく、母と過ごしていけたら、と。
毎朝、母が起きると、ホッとします。
生きててよかった、と。
それで十分、なのですが。
と、いい事ばかりを書きましたが、そうではない事もあります。
何をしても、しなくても、後悔しない事はないと、介護を終えた人の言葉を何かで聞きました。
今は順調に介護をしていますが、この先どうなるかは、わかりません。
その為に、利用できるものは、なんでも利用しています。
実際母には悪いと思いつつ、自分のり患してている統合失調症(症状は落ち着いています)を、利用することがあります。
症状が酷い時の記憶が母には残っています。
言い争い等の時の最後の切り札として、この病気を利用しています。
諸刃の剣なので、上手くいかない場合もありますが。
母が忘れてしまう事も、利用できるときは利用しています。
なるべく利用しないようにしていますが、このままだとこころが壊れると思った時は、早目に利用しています。

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コメント一覧

  • yukikaze09 さん

    家族2026年03月06日 13時39分

    白土さま、ありがとうございます。
    祖母も認知症になり、母が介護をしていました。
    祖母の時には、まだ認知症という言葉はなく、アルツハイマー型認知症、という言葉が世に出始めた頃でした。
    祖母は、気の強い性格だったこともあり、モノがなくなると、すべて母か私のせいにされていました。
    祖母と母は、そりが合わなかったこともあり、通帳を押し入れの布団の間に隠して忘れてしまい、盗んだとよく言い争いになりました。
    徘徊もありました。
    運よく近所の方が見つけてくださり、行方不明にはなりませんでしたが。
    晩年は寝たきりになりましたが、母は最期まで介護をやりきりました。
    鬼籍に入った父は、双極性障害を、娘の私は、統合失調症にり患し、祖母の介護に、精神疾患の父と私を支え、母には苦労をさせてしまい、頭があがりません。
    祖母も父も私も見捨てないでくれた母には、感謝しかないです。
    そういったこともあり、最期まで自宅で母の介護できたらとおもっています。
    母は、神経質な自分と違いおだやかで、この人以外の人が母だったら、今の自分はいなかっただろうと、おもいます。
    こころに余裕をもって、笑顔で、無理なく、母の介護をしていけたらとおもいます。

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  • 白土 綾佳 さん

    医師2026年03月06日 08時38分

    お母さまとの豊かな体験を共有して下さり、ありがとうございます。
    非常に示唆に富んだ内容だな…と思いました。
    これまでは出来ていたいろいろなことが出来なくなっていることに対して、残念に感じたり寂しく思ってしまうのは自然な感情だと思います。一方で91才と思えないほど頑張って行えていることも多く、それも娘さんが工夫をしながら一緒に暮らしているからこそだと思います。

    「あきらめる」という言葉の語源は「明らかにする」と聞きました。今のお母さんにはどういうことは出来て、どういうことは出来なくなっているかを見極めて、苦手になっていることを今のように工夫をこらしてサポートできれば理想だなと思いました。上手に手を抜きながら、穏やかに過ごしてくださいね。応援しています。

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